田中角栄

かつて、首相田中角栄曰く、今の教育で知育体育は素晴らしいが、徳育はなっとらんとテレビで聞き、その言葉が今も記憶に残っています。実にそうだと私も含めて思います。

私が子どもの頃、言葉で言えば、『篤志家』と言われる人が存在しました。落ち着いていて、いつもニコニコと笑顔で、怒ることも無く、人の話を聞き、やさしく話しかける、ちょっとした心配りのプレゼントも自然にする…そういった方があったのです。

人の身になって相談に応じたり、実際に我が身の犠牲をいとわず人のために動く。人間を磨いていた人が近くにあったものです。いつの間にか、教育の最大の目的である人間的形成において、学校は何と無力なのでしょうか?

でも、かく言う私も、そういった徳のある人物には程遠く、反省すること絶対です。私の未熟ばかりに大勢の人々に不快な思いに落としてしまう。自身の中でも、怒り狂う我がある。とても残念に思う次第です。

しかし、今日、お金のことは別として、生きる喜びを得ようと考える人はどれほどあるのだろうか?

人々はお金のために嘘や約束を破ると、最近のSTAP細胞でも解説されたが、本当の生きる喜びは、お金を得ること。あるいは、お金を消費することではないと私は思う。人との間の無償の心の上のやりとり。あるいは、工夫して物事を何とか生み出すこと。彼らはお全くお金に関係しない。ちょっとした思考力が必要ではないでしょうか?

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