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「RandomYOKOの新・愛国論 第一章」その? 読書感想

在日特権は本当に必要?」

在特権を批判するのは、差別だと言う日本人は

純粋に日本人なんでしょうね。

でもこれを在日が言う場合には、嘘がバレルのは困る。

特権が補償してくれていた生活が崩壊するかもしれない。

という恐怖も有るのでしょう。

だから、論理立てて説明しようとされるのを嫌がり、

話を出来なくする。

というのが、彼らの画策するところだろうと思われますね。

■言うべきことを言わないのが武士道精神という謬見

この、武士道という本を書いた「新渡戸 稲造」は、

日本をアッピールするために、

かような本を英語で書いたのであろうけど、

最初に英語で書かれたと言うのが何よりそれを示しているけど、

実際に武士道という一本の線が有るわけではなく、

地域により藩により人によって様々な解釈がされている

というのが実情である。

江戸時代においては、戦争を避けるための法規として、

武士とはこう有るべきという基準があったろうが、

それは武士道にはあらず、和を乱すなよという法律。

だから、江戸初期には武田家臣が『甲陽軍鑑』を表して、

「武士たるもの七度主君を変えねば武士とは言えぬ」と語り、

朝倉宗滴

「武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つことが本にて候」

とも言っている。

新渡戸稲造の武士道とは程遠い言葉である。

江戸中期の田代陣基は忠義を批判した。

ウィキ調べだけどね(^^;

何しろ、日本における武士の数は、

農工商の身分の数と比較して圧倒的に少なかったわけで、

その少人数の志を持って、日本を語るというのは、

だいぶん違う気がする。

■和とは真の強調

聖徳太子が残したと言われる十七条憲法

「和を持って尊しと成せ」の後には、こんなことも言っている。

「人は徒党を組みたがり、悟りきった人格者は少ない。

 それだから、君主や父親のいうことにしたがわなかったり、

 近隣の人たちともうまくいかない。…」

とある。

結局、人民を治めやすくするのが目的の条項でしかない。

和を保てという当人が、戦争大好きだったわけで…

後世に美化され誉めそやされている「和」は、

近代の意識でしかない。

そんな、使い慣れない「和」を大事とか言いだせば、

「同」に導かれるのもネコッかぶりの日本人ならではですね。

■批判と侮辱は違う

本当にその通りなんですよね。

でもそれを理解しない人がいる。

というか理解したくない人がいる。

理解しちゃうと納得せざるおえなくなり、

それは負けを認めることだという解釈だったり、

信じたい嘘を暴かれることで自分の立ち位置を失う恐れを

抱く人がいる。ということですよね。