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「 被災 」「 災害 」と書いてしまえば ただの文字でしかありません

皆が同じ状態でしたし

服を着て逃げれたこと自体が

有難いと思っていましたから

何日も何日も同じ服を着ていることを

恥ずかしいとは思わなかったのです

 

火葬場に避難した翌日からは

瓦礫を集めて焚火をしました

火葬場の建物の中は

お年寄りや子供たちが優先的に避難し

体力のある私達や 年配の男性が外に出て

火を囲み 携帯ラジオの情報を集めていました 

 

流出した家の部材を燃やして暖を取り 

私達がここにいるという目印に火を焚きました

つい昨日まで誰かの生活を守っていたはずの 

瓦礫となった家を 泣く泣く燃やし 

私達は命を繋いでいました

 

震災当日は建物の中に避難していましたが

翌日から私は ずっと外に居ました

 

ラジオからの情報も混乱している中

福島の原発の事故が報じられ

すぐに外に出ていた子供たちを建物の中に入れて 

出てきてはいけないと念を押しました

 

私に原発の正しい知識が無かったことと

隣町にも女川原発があったからこそ 不安だったのです

 

確実な情報が無い中

子供達が無事でいてくれれば良いと思った私は

そのようにしながら ずっと外に居ました

 

ヘリコプターがくれば 

わざと青い杉の葉をくべてもくもくと煙を出し

その煙にいぶされ続けましたから

河北町の避難所に避難した時も

さらに数日後 そこから叔父の家に避難した時も

身体中だいぶ におっていたはずですし

逃げる時に掴んだ土で 服も靴も汚れていました

 

借り上げ住宅(みなし仮設)に移り

最低限生活するための家財を買おうとしても

皆が被災して同じように求めましたから

欲しいものはすぐに手に入らず

洗濯機や冷蔵庫のような家電も注文してから

2〜3週間待たねばなりません

 

ようやく手元に届いて

借り上げ住宅で初めての洗濯をしたときに

( 私は一生 この洗い立ての

  洗濯物の匂いを絶対に忘れることはない )

 そう思いました

( 被災して 借り上げ住宅に移り

  初めてした洗濯を忘れることはない )

 そう思いました

 

これは 被災して同じ体験をされた皆さんなら

きっと分かっていただける感情だと思いますが

普段の生活が当たり前だと思う人にとっては

被災後 洗濯が出来た話としか理解できないでしょう

 

被災すると 様々なことが出来なくなります

普段の何気ない生活が有難いことだけではなく

被災すると 出来なくなったことの背景に

言葉にできないような

それぞれの想いや状況が加わることを

知って頂きたいのです

 

出来るようになった生活のひとつひとつに

心底 有難いと思う心があり

そこに至るまでの背景があるのです

 

「 被災 」「 災害 」と書いてしまえば

ただの文字でしかありませんし

聞いたとしても 言葉でしかありません

 

しかし 実際の被災は生身に降りかかるもので

自分の身と心が直接受ける被害です

決して 絵空事でも他人事でもないのです

 

遠くの皆様やお会いしたことのない方には

この様な文章にしてお伝えすることしか出来ず

きちんとお伝えできているだろうかと

言葉を絞り出して書くことしかできません

 

一語り部の言葉でしかありませんが

ご覧くださった皆様が

我がこととしてとらえて頂けますように

ただただ そのように願うばかりです

 

  

災害の姿を知っていただくために

皆様のお心に触れる何かがございましたら

シェアをお願いいたします

#語り部佐藤麻紀