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ゲティスバーグの戦い直後の出来事

 152年前の今日は、エイブラハム・リンカーンが凶弾に倒れた日です(翌日、死亡が確認されました。なんと今の私と同年齢の56歳でした)。

 リンカーンといえば、南北戦争の激戦地ゲティスバーグで行った演説(わずか3分程度の短い演説です)の「人民の人民による人民のための政治」という言葉があまりにも有名ですが、その2か月前のゲティスバーグの戦い直後には、興味深い出来事がありました。

 ゲティスバーグの戦いは、1863年の7月1日から三日間にわたって、南北両軍がくり広げた激戦ですが、4日の夜になると、リー将軍指揮下の南軍が、折からの豪雨にまぎれて後退を始めました。

 敗軍を率いてリー将軍ポトマック河まで退却してくると、河は夜からの豪雨で氾濫し、とても渡れそうにありません。背後には、勢いづいた北軍が迫っており、南軍はまったくの窮地に陥ってしまったわけです。

 リンカーンは、南軍を壊滅させ、戦争を即刻終結させる好機に恵まれたことを喜び、期待に胸をふくらませて、北軍を率いるミード将軍に、作戦会議を抜きにして時をうつさず追撃せよと命令しました。この命令は、まず電報でミード将軍に伝えられ、さらに、特使が派遣されて、直ちに攻撃を開始するように要請されました。念には念を入れたのです。

 にもかかわらず、ミード将軍は作戦会議を開き、結局動かなかったので、南軍はこれ幸いと易々と逃げ延びてしまいました。

 これを聞いてひどく落胆すると同時に怒ったリンカーンは、ミード将軍に宛てて次のような手紙を書きました。

拝啓 私は、敵将リーの脱出によってもたらされる不幸な事態の重大性を、貴下が正しく認識されているとは思えません。敵はまさにわが掌中にあったのです。追撃さえすれば、このところわが軍のおさめた戦果とあいまって、戦争は終結に導かれたに相違ありません。しかるに、この好機を逸した現在では、戦争終結の見込みは全く立たなくなってしまいました。貴下にとっては、去る月曜日にリーを攻撃するのが最も安全だったのです。それをやってくれなかったばかりに、彼が対岸に渡ってしまった今となっては、彼を攻撃することは、絶対に不可能でしょう。あの日の兵力の三分の二しか、今では、使えないのです。今後、貴下の活躍に期待することは無理なように思われます。事実、私は期待していません。貴下は千載一遇の好機を逃したのです。そのために、私もまた測り知れない苦しみを味わっています。 敬具

 抑えた中にも、リンカーンの怒りがこみ上げてきていることが手に取るように感じられる手紙です。

 ところが、リンカーンは、この手紙を投函せず、手紙は、リンカーンの死後、彼の書類の間から発見されました(だから、ミード将軍はこの手紙を読んでいません)。

 なぜ、リンカーンは、手紙を投函しなかったのか。

 真相は、直接リンカーン本人に訊いてみないと分からないでしょうし、それは絶対に不可能なことです。

 ただ、当たらずとも遠からずと思える推測は成り立ちます。

 多分、リンカーンは、手厳しい非難や詰問が、大抵の場合、なんの役にも立たないことを身をもって知っていたのです。

 実は、リンカーンには、若いころ、他人を手厳しく非難したために決闘沙汰になった上、結局相手の意見を変えさせることもできなかったという苦い経験がありました。ですから、今ここでミード将軍を非難するこの手紙を投函することには、あの時の失敗を繰り返すことになるのではないかといった躊躇いがあったのではないかと思われるのです。

 つまり、この手紙を出せば、自分の気持ちはおさまるかも知れないが、これを読んだミード将軍の方はどうなるかといえば、意地になって自分自身を正当化して、逆にこちら(リンカーン)を恨むだけだろうと考えたわけです。あるいは、さらに進んで、ミード将軍は、リンカーンに対する反感から、今後は司令官としても役立たなくなり、結局は、軍を去らねばならなくなるだろうとまで、考えたかもしれません。

 加えて、こうも考えられます。

 北部の大統領であったにもかかわらず、リンカーンは、家人や側近が南部の人たちをののしると、よく「あまり悪く言うのはおよしなさい。我々だって、立場をかえれば、きっと南部の人たちのようになるんだから」と言っていたと伝えられています。相手の立場に立って物事を考えることができる人だったということです。

 そうだとすると、もしも自分がこんな静かできれいなホワイトハウスの奥ではなくゲティスバーグの戦線にいて、この一週間ミード将軍が見ただけの流血を目の当たりに見ていたとしたら、そして、戦傷者の悲鳴、断末魔のうめき声に耳をつんざかれていたとしたら、多分、自分も、攻撃を続行する気がしなくなったことだろうと考えたのではないか、ということも容易に推察できるのです。

 すぐにキレたり、ヘイトスピーチが蔓延したり、さらには私利私欲、党利党略に走ったりすることばかりが目立つ昨今の政治や世の中の動き(日本のみならず世界のそれ)を見ていると、この、?手厳しい非難や詰問は、大抵の場合、なんの役にも立たないこと、?相手の立場に立って物事を考えることという二つの大事なことが忘れ去られているように思えてなりません(道徳を教科に含めるのなら、このようなことこそ教えてほしく感じます)。