習作「扉の向こう」

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 全てが「赤」に彩られた世界が存在する。仮にその世界を「赤の国」と呼んでおこう。

 「赤の国」と私たちの世界との違いは、文字通り外観の色合いが赤いというだけで、見た目にはほとんど違いはなかった。あえて違いを挙げるとすれば、「赤の国」の中心部には途方もなく大きな扉が建ててあることだった。しかもその扉を実際にくぐったものはまだ誰もいないという話だった。

 見た目の違いについてもう少し触れると、ただ赤いといっても全てが一様に同じ赤で色づけられているわけではなく、緋・朱・桃など他の赤色系統の色が混ざり、明度・彩度・色相がそれぞれ異なる赤が巧みに使い分けられていた。

 その他の違いは、この国の住人達は「情熱」や「欲望」といった赤から連想する主要なイメージを理想として共有していた。

 つまり欲望を公言することは自然なこととされ、それを糧として何かに熱心に取り組むことは美徳であると推奨されていた。

 反対に寡欲と冷淡さは不健康であり、偽善でもあり、罪なことだと批判されても甘んじて受けなければならなかった。

 一方で赤にまつわる二義的イメージの方は、「痛み」や「悲しみ」というふうに個人によって中身が異なることから、その人の個性を表すものと受け止められた。それはいわば「イメージの揺らぎ」だった。

 さらに赤以外の色を表す言葉がもともとなかったために、青といった赤と直接対立する概念もなかった。だから全ては「赤」と「Not 赤」に二分され、「少し」・「やや」・「とても」という語をさらに加えて、外面だけでなく内面的な性質までもが赤で表現された。例えば無欲な人は「とてもNot 赤」的な人だというふうに表わされた。

 「赤の国」は万事が純粋な赤を中心として周辺に様々な赤がグラデーションを成している世界だった。

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 「赤の国」の住人の中に赤64がいた。

 彼は模範的な赤の住人がどういうものか一応頭では理解していたが、心が追い付いていなかった。心の中を冷静と無欲が支配しながら、表にはつゆとも素振りを見せなかった。彼はいわゆる偽善者だった。もちろん彼は苦しんでいた。日ごとに苦しみが増すにつれ、異世界に通じるという扉への期待が膨らんでいった。さいわい扉には誰でも近づけた。それは「赤の国」では誰もが自国に満足しており、あえて扉をくぐる必要性を全く感じないから、当然警備する意味がないと説明されていた。

 

 ある晩、彼は闇にまぎれてこっそり扉に近づいてみた。すると意外にも同じように扉のところに集まったものが少なからずいたのだった。彼はそのことに勇気づけられ、思い切って扉の前に来るとゆっくり開いた。

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 全てが「青」に染まる「青の国」という世界も存在した。

 その国では青から来る「冷静」や「知性」といった主要なイメージが生活の指針となり、「未熟」や「不安」といった付随的なイメージは人それぞれ異なることから社会の多様性を表すものだと“表面的”には一応肯定的に受け止められていた。

 

 しかしそんな国で少数派に属する青31という住人が生活していた。彼は知識よりも実践を好むタイプであり、失敗を犯すことを恐れず、考えるより先にまず試した。そうした態度を知性の欠けた、向こう見ずな振る舞いだと周りの者はレッテルをはり嘲笑した。最初は嘲笑だったものが、しだいに罵倒に変わり、いつしか彼のような変わり者を除くことが社会の利益であると、知性があるはずの住人達が本気で考え始めた。そして迫害が始まった。彼はしいたげられ、劣等感を植え付けられた。

 

 悲しいことに彼は自分が否定的に評価されることにだんだん慣れていった。初めは理不尽だと感じていた迫害も、やがて自分は当然それに値する者だと彼は受け入れるまでになった。彼の苦悩も深く、そして同じように扉へ思いを寄せるようになっていった。

 

 この国では幼い時から扉をくぐることは現実から目を背ける未熟者のすることであり、恥なのだと教えられてきた。しかしそんな恥辱も気にならないほど、彼は傷ついていた。彼は白昼堂々と扉の前まで進み出た。周りの者は当然彼に冷ややかな視線を浴びせた。しかし驚いたことに中には彼の次の行動に関心を寄せるものが少なからずいた。彼もまたそれに背中を押され、扉を開いたのだった。

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 三つ目の世界はある意味、私たちの世界の過去の姿だった。ある時点で私たちの世界が取りえた別の選択肢、それがこの世界だった。私たちの世界との違いは、ここでは「国」という概念が存在しなかった。国が存在しないからこそ、政治的駆け引きや領土の争いもなかった。そして発言の自由も約束されていた。皆が思いのたけを述べ、同調する者があればグループを成し、そのグループの中で勝手にルールを決めた。ここには自由があった。その自由を存分に満喫するためには想像力が必要とされた。なにせゼロからいろいろ作り出さねばならなかったから。そしてその想像力は社会の多様性によってはぐくまれると信じられていた。異なった価値観に触れて初めて、新しいアイデアが生まれることをみんな経験から学んでいたから。だから赤64や青31のようなあぶれものでもこういう世界なら存在する理由が見いだせたのだった。

   

 こんな世界だから主張することよりも他人への理解や共感が大事にされた。しかしこんな夢のような世界でも時がたつと、ささいな事で対立し、感情のもつれにまで発展し、戦いが起こることがしばしばあった。それは“自由”がある者は解放したけれど、同時にある者を縛ったからだった。自由で思いやりのあるはずだったこの世界も、ここで一番必要な想像力が個人でバラつきがあることによって悲劇を招いた。自由の恩恵を十分に受け取ることが出来たのは、想像力の豊かな少数だけで、多くの者はそれら少数者の意見に追従しなければならない状況が生み出された。こうした想像力の格差はやがて人々に階級意識を植え付けた。それで自由があることが逆に苦痛をもたらし、人々の間の対立を深め、大事だったはずの理解や共感もだんだん忘れ去られていったのだった。こうしてこの世界にも争いが生まれた。

 

 戦いに終わりは見えなかった。それで戦いに疲れた者が大挙して、この世界の中心にある扉へ押し寄せた。たまたまこの世界にたどり着いて一緒だった赤64と青31も行かないかと誘われたが、断った。この世界に来て初めて、一つの価値観に囚われることは人々に偽善と優劣をもたらすだけで、真に一つになることは出来ないことを教えられた。しかし同時にこの世界の“自由”もまた人を縛っていることに気付いていたからだった。

 

 赤64は誘いに対してこう答えた。「この世界に不満がないとまでは言えない。でも問題があるのは外ではなく内側にあると思うのだ。僕らの世界を捉える枠組み自体に問題があるから、どこへ行っても形が変わるだけで問題は無くならないよ。」

 この答えを隣で聞いていた青31もまた同じように口を開いた。「人にはもともと偏見や錯覚、良くない気質といった除きがたい欠点があるから、一気に全てを解決できるわけではないと思う。だから最初から100%勝利することを望んではいけない。そうではなく我慢強く小さな満足を積み上げていくことが大切なのだ。」

 

 二人は黙ってうなずいて、この世界に踏みとどまり小さな勝利を目指して戦うことを選んだ。